現実と向かい合い、最善の方法を

認知症家族として

約30年前、小学校高学年から中学3年生になるまで我が家は認知症の祖父を抱えた家族であった。当時は、世間の認知症に対する理解や社会整備も乏しく、認知症患者さんを抱えた家族の苦労は今以上であった。それに加え、患者さんの「過去の人生をも否定されてしまう苦痛」は推し量れない。祖父の存在が、家庭内の不和を生む事もあり、認知症が進行する祖父が好きにはなれなかった。「認知症の祖父がいなければ」と思うことも何度かあった。亡くなる直前の祖父は、たまに訪ねる実の子供達の顔を忘れても長男の嫁である母親の顔は覚えていた。介護者として救われる思いであった。そして祖父が死んだ時、自分は孫として家族としてもっと何かできなかったのか苦悩した。その為この経験を糧に、将来は認知症に関わっていければと考えた。その後、医師の道を志し、認知症を診る神経内科を専門とした。現在は、認知症専門外来を開き、講演も依頼されるようになった。ここまで、一度も迷うことなく目標に向かってきた様な気がする。ひとえに、あまり好きではなかった祖父のおかげである。良く、認知症の御家族に聞かれることがある。「認知症患者さんの存在が、孫や曾孫に悪影響を与えないか?」。「これからの高齢化社会の中で、得る事のほうが多大です」とお答えしている。人間いかなる状況になってもその存在意義が失われる事は決してないのだから。

認知症とは?

認知症専門外来を開いていると、最近物忘れがひどくなったという主訴で受診される方が多くみえる。物忘れと認知症の違いを簡単に説明する。「昨日の夕食のメニューを覚えていますか?」高齢者の方を対象とした講演でこの質問をすると、不安げな顔をされる方が多くみえる。仮に思い出せなくても心配は要らない。メニューが思い出せないことは、「物忘れ」いわゆる「健忘」であり、病的意義は少ない事が多い。しかし、「食べたという行動自体」が思い出せない場合は、認知症の可能性が高い。つまり内容を忘れる事は問題ないが、行動自体を忘れると問題となる。
一方、認知機能障害が徐々に進行し、幻覚や妄想が出現したという主訴で受診される方もみえる。その場合、残念ながら認知症はかなり進行していると考える必要がある。認知症も早期発見、早期治療が重要である。適切な受診及び診断が求められている。
当院では、初診で見えた患者さんには、頭部CTによる画像検査および質問形式の検査で側頭葉機能および前頭葉機能をチェックする。最近、画像診断に頼る傾向が強いが、認知症の診断においては質問形式の検査が重要となる。残念ながら、すべての検査を行なうには1時間前後は必要であるため、総合病院等の多忙な外来では実施は困難である。そのため、せっかく受診しても早期発見が遅れることもあるようだ。

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認知症には段階があります

"認知症患者さん"と聞くと、各人がいろいろなレベルの方を思い浮かべるようだ。認知症はレベルに応じて3つの段階に分ける事ができる。
1番目は、「早期認知症」レベル。このレベルでは、一見すると認知症とは感じられない。社会生活も自立している。一般的に行なわれる認知症検査も正常。しかし、より詳細に前頭葉機能を検査すると低下している状態である。このような方々は、放置すると認知症に進行する。逆にこのレベルで、適切な薬物治療や脳リハビリを行なうと、認知症への進行をかなり防ぐ事ができる。
2番目は、「認知症の中核症状」レベル。認知症の症状は、中核症状と周辺症状に分けられる。中核症状とは、いわゆる物を記憶して、保持して、それを表現する事が障害される。しかし、この段階では、周りのご家族も「また同じ事を言っている」といった程度で"実害"がないため、放置されることが多い。専門医の立場では、この段階で受診していただけると、認知機能障害への対応が可能である。
3番目は、「認知症の周辺症状」レベル。中核症状がさらに進行すると、周辺症状が出現する。周辺症状には、幻覚、妄想、徘徊、人格変化、暴力行為などがある。この中では特に「お金を盗られた」といった被害妄想の頻度が多い。被害妄想は家族内のトラブルになる事も多く、 "実害"が出現する。この段階では周辺症状のコントロールが主体となり、認知機能障害自体の治療は困難となる。さらに周辺症状のコントロールも悪いと在宅介護が困難となり、施設入所も考慮せざる得なくなる。

ストップザボケ

認知症になりたくない。多くの方々が望まれていることである。どうすれば認知症にならずに済むのであろうか?認知症の原因には大きくアルツハイマー型老年痴呆と血管性認知症に分けられる。
アルツハイマー型老年痴呆は、「脳の廃用」が原因という考え方がある。身体と同じく使わないために機能が低下するわけである。このタイプの認知症は、過去の生き様が反映されるようである。長年、仕事一筋で過ごし、退職と同時に認知症が進行するケースは多い。また人のストレスの中では、配偶者の死が最大であるため、これが契機となるケースも多い。これらを防ぐには、仕事以外の社会と交わりを持ち、人との出会いを大切にする事ではないだろうか?講演会の際にも申し上げるが「自主的にもしくは誘われて参加されている人は、一つハードルをクリアしている。理由をつけて参加しない人達が問題です。理由をつけず、とりあえず参加する気持ちが大事です。」
一方、血管性認知症の予防は、脳出血や脳梗塞といった脳血管疾患を予防する事である。その為には、高血圧、糖尿病、脂質代謝異常といった生活習慣病の予防が重要となる。予防には、生活習慣を改善する必要がある。「生活習慣を変えてみませんか?」「なかなか難しいです」毎日、外来で繰り返されている言葉である。習慣を変えてみる。実は、アルツハイマー型老年痴呆の予防にも通じるものである。理解するだけでなく、実践が重要である。実践継続するためには、難しく考えずに成功体験を想像してワクワクしながら取りくむことが重要ではないだろうか?

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認知症の治療

認知症と診断した場合、当院では薬物療法と脳リハビリの2本立てで治療を行なう。薬物療法は、現在アリセプト1種類のみが認可されている。3mgから開始して5mgが標準治療である。昨年末、10mgの使用も可能となった。一方、海外ではイチョウ葉エキスも適応がある。日本では健康食品であるため安価な中国製が出回っている。海外での効果が認められているのは、ドイツのシュワーベ製だけであり、1ヶ月分6千円程度で手に入る。業者によって相当に高額であるので注意が必要である。脳リハビリは、公文の学習療法を使っている。簡単な音読と計算が主体となる。人間の頭は、複雑な作業ではかえって脳の一部しか使わなくなってしまう。簡単な作業のほうが、脳全体を使うためリハビリには有効である。身体のリハビリを思い浮かべて欲しい。リハビリの動き自体はどれも簡単なものである。それを繰り返す事で複雑な動きが可能となるのである。脳リハビリの取り組みについては、認知症のレベルによって違いが見られる。極めて早期の方と、逆に高度に進行された方は、抵抗なくリハビリ導入が可能である。少し進行した中等度の方々がリハビリへの抵抗が強い。リハビリをする事で、自分ができない事を認識する苦痛のためと考えられる。 
これらの薬物療法と脳リハビリは認知症の改善・進行予防に一定の効果が認められる。しかしそれ以上に感じるのは、ご家族の関わりである。関心を持ち、声をかける、一緒に散歩をする、遠方からリハビリに通う。実はその事自体が、最も効果のあるリハビリなのである。

認知症に対するパワーリハビリの効果

パワーリハビリ(以下パワリハ)という言葉をご存知だろうか?6機種の機械を使用する、マシントレーニングである。高齢者とマシンというと違和感をもたれるが、極めて軽負荷であるため、安全性に問題はない。
3つの特徴がある。一つ目は、老化を改善するリハビリである点。健常者も疾患を抱えた方も、その基礎には老化がある。そのため老化を改善する、パワリハはすべての疾患に効果がある。二つ目は、使っていない、眠っている筋肉を使うことである。パワリハは筋力をつけるわけではない。6種類の機械は、通常の生活では使われない部位に対応することで日常生活動作を改善する。3つ目は、行動変容をもたらすことである。行動変容とは、「行動的・心理的習慣」を変化させることである。身体的な動きが改善される事で自信がつき、外出の意欲が高まる。またパワリハにより脳内モルヒネ様物質が分泌されため、うつ症状や認知症症状が改善される。
当グループでは、5年前よりデイサービスでパワリハを行なっている。当初、どれだけの方が取り組んでくれるか疑問であった。現在では、利用者様の9割以上の方が取り組み、何らかの改善を認めている。多くの利用者様は、日常生活動作が低下していく事に不安をもたれている。そのため、「いつまでも自分の事は自分で」という願望で、パワリハに取り組まれているようである。

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認知症の社会的問題

現在、急激な勢いで社会の高齢化が進んでいる。それに伴い認知症患者さんの数も増大している。一見正常であるが、前頭葉機能のみが低下している早期認知症の方も含めるとその数は莫大なものとなる。現実に問題になっている事例をいくつか紹介する。
まず、車の運転である。当院でも、認知症のかなり進んだ方が車を運転しているケースが見受けられる。できるだけ運転しないように指導するが、交通事情を考慮すると強制はできない。しかし、余りに危険なケースでは公安委員会に依頼する事もある。高齢者による高速道路の逆走やアクセルとブレーキの踏み間違いなどは、認知機能障害を有している可能性が高い
次に悪徳業者である。土岐市のようなのどかな町でも多くの方が騙されている。特に早期認知症や、認知症初期の方が危険である。内容が十分に理解できなくても契約行為自体はできてしまう。悪徳業者は情報網持っており、一度騙されると入れ替わりで騙されるケースも見受けられる。これは成年後見人制度を利用して予防することが可能である。ただし、手続きが、面倒である。少し費用を払ってでも専門家(弁護士、司法書士、行政書士等)に依頼されることをお勧めする。
最期に、高齢者が持つ資産の問題である。資産保有が高齢者に片寄っているため、世代間の資産格差が広がっている。高齢者の資産運用は保守的に成らざるを得ない。結果として有効利用が妨げられてしまう。資産の保全および有効利用のためにも認知症を理解した専門家集団による社会整備が必要と思われる。

在宅で死ぬということ

皆さん、最後はどこで死にたいですか?この質問に多くの方は、自宅で死にたいと答えられる。しかし残念ながら現在約80%の方は、自宅以外の病院・施設で死を迎えられている。自宅で亡くなる事ができるのは20%の恵まれた方々だけである。
当院では在宅死の希望をかなえることを目指している。開業8年で約160名の方を在宅で看取らせていただいた。2年前、在宅医療を積極的に行なう診療所、つまり「在宅支援診療所」という制度ができた。全国で約1万件の診療所が登録した。そのうち、年間10名以上の在宅死を行なった診療所は、わずか200件であった。当院もその中に含まれた事は自信になったが、登録している「在宅支援診療所」のレベルアップが必要と感じた。
在宅死を実現するには、医師の力だけでは不可能である。訪問看護婦、介護支援専門員を中心とする在宅サービスとの連携が重要となる。従来のような医師を頂点とするピラミッド型ではなく、あくまで患者さんを中心として各職種がそれぞれの業務を行なう「クライアント中心主義」である必要がある。その中では、医師も一つのサービスに過ぎないのである。
在宅で亡くなる方には、50歳代の悪性腫瘍の方や90歳代の大往生の方まで多岐に及ぶ。自宅に戻ると、皆さん病院に入院されていた時より状態が改善される。これが在宅の力かと感じる。
我々の取り組みは、決して新しい試みではない。昭和30年代は現在とは逆に、自宅外で亡くなる方は20%に過ぎず80%は在宅で亡くなっていたのである。

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