抗認知症薬メマリー(メマンチン)なく認知症外来は成立しない理由

抗認知症薬メマリー(メマンチン)なく認知症外来は成立しない理由

抗認知症薬メマリー(メマンチン)は認知症の治療において最も重要な薬と言えます。ブレーキ系のアルツハイマー薬としては抜群の効果を持っているからです。幻覚・妄想・易怒性で疲れ果てたご家族から、『先生、本当に穏やかになりました。』と感謝されたことは1,000例以上で経験しています。

メマリーで患者さんの尊厳が維持され、家族関係が保たれたケースも枚挙にいとまがないほどです。今回の記事では月に1,000人の認知症患者さんを診察する長谷川嘉哉が、副作用を踏まえた上でのメマリーの効用をお伝えします。

1.抗認知症薬メマリーとは

メマリーは第一三共株式会社が2011年6月8日に発売した、中等度および高度アルツハイマー型認知症における症状の進行を抑制する薬です。発売後に使っていると、進行抑制以上に「患者さんを穏やかにする作用」が強いことが分かってきました。そのため臨床の現場である認知症専門外来では、初期の認知症患者さんにも積極的に処方しています。

anti-nmda
メマリー錠20mg。(第一三共ホームページより)

2.作用機序と特徴

グルタミン酸仮説」という考え方があります。グルタミン酸は脳内において記憶や学習に関わる神経伝達物質という役割がありますが、認知症患者の脳内ではグルタミン酸が過剰な状態となってきます。グルタミン酸の量が正常であれば記憶できる事が、過剰な状態となる事で記憶のシグナルが妨害され記憶する事が困難となってしまうという考え方です。メマリーには、過剰なグルタミン酸の放出を抑える効果があり、結果的に脳神経細胞死を防ぐ働きがあります。

anti-nmda
アルツハイマー型認知症においては、NMDA受容体が活性化します(製品パンフレットより)

現在、4種類ある抗アルツハイマー薬の作用は、アクセル系ブレーキ系に分けることができます。患者さんが初診で訴えられた症状で、「やる気が出ない」、「物覚えが悪い」、「出来ていたことができなくなった」という症状の際、アクセル系の薬を最初に使います。具体的には、保険薬ではアリセプト、レミニール、リバスタッチ/イクセロンパッチがこれにあたります。

一方で攻撃的な症状が出る患者さんがいらっしゃいます。例えば、「イライラしやすい」「性格変化で穏やかだった人が怒りっぽくなった」「性格の先鋭化でもともと気が強かった人がより気が強くなった」などです。その時に、何も考えずにアクセル系のアルツハイマー薬を使用すると、火に油を注ぐようなものでさらに悪化します。この場合は、ブレーキ系のメマリーを使うことで穏やかにすることができるのです。

3.介護の限界は、中核症状でなく周辺症状でやってくる

認知症の症状は、大きく分けて中核症状周辺症状に分けられます。アルツハイマー型において、多くはまず中核症状が出現します。これは、記憶障害、見当識障害、理解・判断力の障害など認知症患者さんに一般的に認められる症状です。そのうち症状が進行してくると周辺症状が出現します。周辺症状は、幻覚、妄想、介護拒否、暴言暴力などです。

私が専門外来でお伺いする「周辺症状の有無を知る優れた質問」があります。それは「患者さんの症状で困ったことはありませんか?」です。中核症状の段階では物忘れが激しくても、ご家族は困りません。しかし、周辺症状が出現するとご家族は困ってしまうのです。

周辺症状が出現すると、ご家族も入所を検討することが多くなります。つまり、専門医としては周辺症状をいかに治療するかで、患者さんの処遇が決まってしまうのです。私は専門医として、「周辺症状をコントロールする事は7〜8割は可能です」と伝えています。その時に力を発揮するのが今回ご紹介しているメマリーなのです。

Senior Couple Having Argument At Home
周辺症状の一つ「易怒性」も家族としては困りものです

4.メマリーによって精神科への紹介が激減

実際に、自宅での介護が不可能で施設入所が必要と思われるケースでも、メマリー投与で自宅介護が可能になることが多々あります。当院でも、メマリーが発売される以前は年間に10例程度は精神科に紹介したものです。メマリーが発売されてからこの件数は激減しています。このデータは、海外の論文でも同様の効果が報告されています。

5.効果

メマリーは以下のようなケースで効果が認められます。

5-1.第一選択薬として

適応は『中等度および高度アルツハイマー型認知症』とされています。しかし、現実には初期の認知機能障害のレベルでも攻撃性や暴言・暴力などが認められる場合は薬の力を借りることになります。この場合にメマリーが第一選択となるのです。間違ってアクセル系の抗認知症薬を使用すると、火に油を注ぐことになります。

アルツハイマー薬の使い分けについては以下の記事を参考になさってください。

5-2.併用薬として

いわゆるアルツハイマー型認知症の通常の経過は、中核症状が出現してから症状が進行すると周辺症状が出現します。このようなケースでは、すでにアクセル系の抗認知症薬が使用されていることが多いため、メマリーを併用します。この場合のメマリーの効果は劇的です。私の経験ではここでメマリーだけでも半数以上のケースで周辺症状はコントロールできてしまいます。さらに漢方の抑肝散抗精神病薬を組みわせると7〜8割はコントロール可能です。

5-3.ピック病に使用することも

ピック病の症状の多くは、攻撃性、暴言等の興奮状態を呈しています。そのため、治療としてはブレーキ系の薬を処方することになります。具体的にはメマリーを使用します。間違っても、アリセプト等のアクセル系の処方をしてはいけません。さらに症状を悪化させます。メマリーだけでコントロールできない場合は、コントミン(抗精神病薬)を少量から追加していきます。

ピック病の実態と改善策については以下の記事にて紹介しています。


長谷川嘉哉監修の「ブレイングボード®︎」 これ1台で4種類の効果的な運動 詳しくはこちら



当ブログの更新情報を毎週配信 長谷川嘉哉のメールマガジン登録者募集中 詳しくはこちら


6.使用方法

一日一回5mgから開始し、1週間毎に増量し4週間後に目標とする維持量(最大で1日20mg)とします。初診の段階で攻撃性が強い場合は、メマリーを単独使用します。すでにアクセル系の抗認知症薬が処方されている場合は、併用します。

添付文書には20㎎で維持するとされていますが、杓子定規的に全例で20㎎まで増量する必要はありません。私の外来では、1週間分の5㎎と1週間分10㎎を処方して、2週間目に必ず再受診をお願いしています。その際に症状がコントロールされていれば10㎎を維持量とします。コントロールされていなければ20㎎まで増量して再度2週後に再受診していただきます。そこでコントロールがなされていれば20mgを継続。20㎎でもコントロールされていなければ、抑肝散や抗精神病薬を追加します。

周辺症状を訴える患者さんのご家族は本当に困っている方が大部分です。2週間毎、時には1週間毎に細かく薬の調整を行います。

7.副作用の知識

メマリーの副作用は、むやみに20㎎まで増量しないことでかなり防ぐことができます。副作用とは主作用とのバランスで考えます。周辺症状をコントロールするという主症状を考えればメマリーの副作用は軽いものと言えます。

7- 1.めまい

飲み始めにめまいの症状が多く見られます。多くのケースでは慣れにより症状は改善します。何よりも、メマリーの量設定を年齢・体重から少量にすることでめまい自体の頻度が減ります。

7-2.傾眠

不眠が無くても日中傾眠が見られることがあります。それに伴って、食欲不振がみられることもあります。服薬を開始してから暫くの間は様子観察を行い、変化が見られる場合には主治医に報告してください。

7-3.効果的な処方のために体重測定は必須

副作用を抑える意味でも当院では、必ず体重測定を行います。高齢の女性の場合体重が40㎏以下の方がたくさんいらっしゃいます。一般的に小児の世界では体重が40kgをこえて初めて成人と同じ薬の使用が可能になります。つまり、40kg未満の方は小児と同じ薬の量と考えねばならないのです。

このような方では添付文書に指示された薬の半分の量でも効果が出ます。実際、メマリーの場合も私の患者さんの半数は20㎎の半分の10㎎で効果があり維持量としています。なかには5㎎でも十分効果がある患者さんもいるほどです。

8.メマリー著効例

メマリーを使用したことによる著効例をご紹介します。

8-1.葬式で涙を流させてくださいと訴えていたご家族

周辺症状がひどい女性患者さんがいらっしゃいました。被害妄想が強く子供達さらには孫たちにまで『お前ら、私のお金取っただろ!!』。その言葉は、大声で攻撃的でした。最初は反発していたご家族も途中からは、その力さえなくなっていました。介護負担が極限を迎えると、怒りすら湧き上がらなくなり感情が平坦になってしまうのです。そんな疲れ果てた患者さんが初診で、最初に言われた言葉は『介護生活ですべての涙を流し切り、おばあさんが亡くなっても泣けないかもしれません。せめてお葬式で一筋の涙を流させて下さい』です。

そこで、メマリーを処方。投与後、2週間ほどでご家族が「信じられない」と言われたほど穏やかになりました。その後は、高齢のために心不全となり入院。最後は家で看取りたいと退院。退院3日後に、子供・孫・ひ孫にも囲まれ、静かに息を引き取りました。もちろんご家族は、いっぱいの涙を流されていました。

Dead elderly man
「愛された人」として最期を迎えるためにも、適切な治療が必要です

8-2.異常性欲の改善

「主人の性欲が強くて困っています」これは初診の奥様の訴えです。80歳を超えたご夫婦でした。認知症のご主人は、一日に朝も昼も夜も奥様を求めてくるそうです。奥様は、腰部脊柱管狭窄症を患っており、これ以上対応はできないとのことでした。実は、なかなか主治医に訴えにくいのですが、異常性欲も認知症の症状です。早速メマリーを処方。4週間かけて20㎎にまで増やすことで、性欲を訴えることはすっかりなくなったそうです。男として、人生の最後を「色呆け?」で終わりたくはありません。男としてもメマリーで治療して欲しい症状です。

8-3.看護師が「私も飲みたい」と言った理由

周辺症状で困り果てた多くの家族が、メマリーでコントロールされると『とても穏やかになりました。ありがとうございます』と感謝されます。数ある薬の中で、これほど御家族から感謝される薬はありません。もちろん患者さん自身ににとっても人生の最後を、「困った人」とで終わるのか「平穏」に終わるかは大きな違いがあります。あまりの効果に外来についている看護師さんが、「私は家に帰るとイライラして子供にあたってしまいます。私もメマリーを飲んではいけませんか?」というほどです。もちろん処方はできませんが・・・。

9.まとめ

  • メマリーはブレーキ系の抗認知症薬として専門外来では必須の薬です。
  • その効果により、多くの患者さん、ご家族から感謝されています。
  • 使用に際しては、体重測定を必ず行い、必要最小限の量にすることで副作用も少なくなります。
error: Content is protected !!
長谷川嘉哉監修シリーズ