金澤翔子 書の世界展

平成24年3月17日、名古屋の名鉄百貨店で、ダウン症の女流作家 『金澤翔子 書の世界展』を見てきました。

残念ながら、3月14日(水)から18日(日)までの、たったの5日間しか開催されておらず、すでに終わっています。

金澤翔子さんは1985年6月、東京都目黒区に誕生。

生まれてすぐダウン症と診断されますが、1990年、5歳の時に書家である母、金澤泰子氏に師事し、書道を始められます。

1995年、10歳のときに般若心経を書かれ、また全日本学生書道連盟展に「花」を出品されました。

その後、1999年より日本学生書道文化連盟展に出品をされ、16歳のときの「舎利礼」、17歳のときの「觀」で金賞を受賞されました。

19歳のときに雅号「小蘭」を取得され、2006年10月には鎌倉建長寺に額装「慈悲」を奉納されました。

その後、京都建仁寺に大作「風神雷神」を奉納されました。

構図が実物の屏風を連想させ、まさに風神と雷神が天を飛翔していしているかのような躍動感にあふれた作品です。(以下の写真です)

現在、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を揮毫するなど、今最も注目を集める書家です。

 「生まれてくる子供の1000人に1人は、ダウン症という個性をもって生まれてきます。

ダウン症児は、外国では『エンジェル(天使)』と呼ばれ、その名の通り、邪気がなく、陽気で周りの人を癒してくれる不思議な力があります。」

これは、ダウン症児と親たちが綴ったブログが集まったポータルサイト『Angel RISA』の管理人・鈴木さんの言葉です。

本人の努力と、周りの人々のサポートにより、眠っていた大きな才能を開花した障害者も多くいます。

人は障害ゆえに研ぎ澄まされる感覚も持ち合わせているのです。

金澤翔子さんはそんな代表ではないでしょうか?

一度、Hp等で素晴らしい書を見てみてください。

金澤翔子さんと周囲の方々の努力による素晴らしい“書”に感謝です。

ブリヂストン美術館

平成24222日(水)は、午後からの用事の前に、2時間ほど時間が空いたので、東京駅の八重洲中央口から徒歩5分にある、ブリヂストン美術館に行ってきました。

丁度、17日から318日まで“パリへ渡った『石橋コレクション』1962年、春”の企画展がやっており、是非見たいと思っていたからです。

 いまからちょうど50年前、1962(昭和37)年に、パリ国立近代美術館において初めて「石橋コレクション」を海外で紹介する展覧会(「東京石橋コレクション所蔵コローからブラックに至るフランス絵画展」)が開催されました。

この展覧会は、日本にある西洋絵画のコレクションがまとめて海外で展示される初めての機会であり、大変な話題となり反響を呼んだそうです。

同時に、このコレクションの基礎を築いた石橋正二郎というコレクターの存在は驚きとともにフランスのメディアの注目を集め、「石橋コレクション」は広く認知されることとなったようです。

今回の企画展は、その当時のコレクションを展示したもので、馴染みのある画家の作品が多く、素晴らしいものでした。

皆さんも東京駅で少し時間が空いたときにいかがでしょうか?

 改めて思うのですが、ようやく戦争の傷跡がいえてきた時に、自社のビジネス成長と同時に、世界に評価される美術品を収集し、美術館まで作ってしまう経営者には頭が下がります

。現在でも、多くの企業は、利益を上げることに手一杯で文化に貢献する余裕がないのではないでしょうか?

改めて、経営者として石橋正二郎さんへ感謝です。

 しかし、東京には、本当に多くの美術館があります。

年を取ったら田舎暮らしといわれる方も見えますが、私は、これだけの文化が集まる東京には相当魅力を感じています。

山種美術館

 平成24年1月25日(水)の午後は、森アーツセンターギャラリーの後には、渋谷区広尾の山種美術館を訪ねました。 

山種美術館は、山種証券(現・SMBCフレンド証券)の創始者である山﨑種二が個人で集めたコレクションをもとに、1966(昭和41)年7月、東京・日本橋兜町に日本初の日本画専門美術館として開館しました。

種二は「絵は人柄である」という信念のもと、横山大観や上村松園、川合玉堂ら当時活躍していた画家と直接交流を深めながら作品を蒐集し、奥村土牛のように、まださほど知名度は高くなくとも将来性があると信じた画家も支援しました。

そして、「世の中のためになることをやったらどうか」という横山大観の言葉をきっかけとして、美術館を創設するに至ります。 

その後も、二代目館長・山﨑富治とともに、旧安宅コレクション*の速水御舟(1894-1935)作品を一括購入し、東山魁夷らに作品制作を依頼するなど、さらなるコレクションの充実を図りました。

私は、ラストバンカーby西川善文さんを読んで安宅コレクションの存在を知り、大阪市立東洋陶磁美術館まで東洋陶磁器を見に行きました。

実は、今回の山種美術館訪問も安宅コレクションの中の速水御舟の作品を見ることが最大の目的でした。

皆さんも、美術の本に載っていた、以下の速水御舟の『炎舞』に見覚えはありませんか?

実物は思いの他小さい印象でしたが、迫力は素晴らしいものでした。

速水御舟の作品はもちろん、その他の収蔵作品も素晴らしいものでした。

改めて、東洋陶磁器と速水御舟作品を中心とした安宅コレクションの素晴らしさには感動しました。

そしてそれらを購入するだけでなく、「美術を通じて社会、特に文化のために貢献する」という理念のもと美術館をつくってしまう山種証券創始者の山﨑種二さんにも感服です。

 素晴らしいコレクションを集められた安宅英一さん、さらに山種美術館を作られた山崎種二さんに感謝です。

       

                        班猫by竹内栖鳳                                       炎舞by速水御舟

歌川国芳展

平成24年1月25日(水)、東京で午前中に打合せがありました。

午後に時間があいたため美術館を巡ってきました。

最初に六本木ヒルズ森タワー52階の森アーツセンターギャラリーで没後150年歌川国芳展を訪ねました。

平日の昼間というのに凄い人です。

その上、浮世絵は絵が小さいため、近くに寄らざる得ないため、会場内は満員電車のようでした。

歌川国芳は、画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、浮世絵の枠にとどまらない広汎な魅力を持つ作品を多数生み出した絵師です。

会場では、不遇の時代を送っていた国芳が、一躍脚光を浴びた武者絵、説話、役者絵、美人画、子ども絵などどれも素晴らしいものでした。

しかし何より、素晴らしかったのは、戯画です。

これは、天保13年(1842年)には老中水野忠邦が行った天保の改革の一環として、役者・遊女・芸者などの絵を出版することが禁じられたことによるものです。

錦絵の版元たちは大きな打撃を受けました。

しかし、この禁令に負けることなく、かわりに出版された戯画や子ども絵の分野で国芳は縦横無尽に筆をふるい、機知に富んだアイデアに富む作品を多く描いたのです。

戯画の種類は様々ですが、擬人化された動物や器物などは、表情や仕草にいたるまで江戸っ子の生態そのもので、滑稽であるばかりでなく、権威を嫌う江戸っ子の特徴も反映されているかのようです。

どのような環境でも、その中で最高のものを描き上げた歌川国芳の姿勢は素晴らしいと思いました。

この国でこれから起こる乱世で生き抜くための姿勢に、気づきかせてくれた、歌川国芳展に感謝です。

                  猫の絵by歌川国芳

中川一政展

先日、JR高島屋で、没後20年中川一政展~独行此道(ひとりこのみちをいく)~を見て来ました。

明治から平成にわたって活動を続けた中川一政は、『白樺』によって紹介されたゴッホ、セザンヌに啓発されながら絵画の道へ進みました。

しかしその画業は、美術学校で学ぶことも特定の師につくこともない、独学によるものでした。

絵画も油彩にとどまらず岩彩・墨書にまで及び、篆刻・陶器・挿画までも一流の域にまで達しており、1991年に97歳で亡くなる直前まで、創造へのエネルギーは衰えることを知らなかったようです。

数年前に、三越の大絵画展ではじめて、中川一政の油絵に出会ったときは、理由もなく“快”と感じました。

良く絵画の話になると、良く分からないといわれる方が多く見えます。

やはり学生時代に美術の時間に絵を見て、くだらない感想を述べる必要があった弊害かと思います。

そんな難しい事を考えずに、『食事をしたときの美味しいか、普通か、不味いか?』と同じように考えてはいかがでしょうか?

そこに理由は不要ですし、逆にそこに理由が必要な評論家は不幸です。

このように肩の力を抜いた絵画の鑑賞をお勧めします。

尚、中川一政さんの生年月日が自分と同じ2月14日ということから、何故か親しみを持ち、いまでは2点ほどお預りしています。

毎日、好きな絵に囲まれることは、とても心地よいものです。

中川一政さんは、文章でも素晴らしい言葉を多く残しています。

その中でも「私は、よく生きた者が、よく死ぬことが出来るのだと思っている。

それは良く眠ると同じ事で、そこになんの理屈も神秘もない。」はとても大好きな言葉です。

常に死への覚悟の元、真剣に生きたいと思っています。

私は、ブログをフェイスブックにも同時に掲載しています。

絵の話になると、極端に“いいね”ボタンの数が減っています。

絵に関心を持つと、多くの場所に絵が掛けられている事に気がつきます。

同じ人生、全く絵に関心を持たずに終わる事は勿体ないと思います。

毛嫌いせず、多くの方に絵に関心を持ってもらえれば嬉しいです。