糖尿病網膜症による失明を避ける!7つの知識を認定内科専門医が解説

糖尿病網膜症による失明を避ける!7つの知識を認定内科専門医が解説

糖尿病患者数は生活習慣と社会環境の変化に伴って急速に増加しています。なんと日本人の糖尿病人口は1,000万人を超えているのです。糖尿病は何よりも合併症が怖く、糖尿病の3大合併症として「糖尿病神経障害」「糖尿病網膜症」「糖尿病腎症」が知られています。その中でも糖尿病網膜症は、糖尿病の合併症として起きる目の病気です。糖尿病網膜症は緑内障とともに成人してからの失明の大きな原因疾患となっています。

そんな糖尿病網膜症ですが、血糖のコントロールを行えばかなり予防できます。しかし、あまりにも急激なコントロールはかえって網膜症を悪化させることさえあります。また、血糖と同時に腎症の合併を予防することや、血圧、高脂血症のコントロールも重要です。運動についても、状態によっては制限されることもあります。ではどのようにすればいいのでしょうか。

今回の記事では認定内科専門医の長谷川嘉哉が、糖尿病網膜症による失明を避けるためのポイントをご紹介します。

1.糖尿病網膜症とは?

diabetic-retinopathy
糖尿病網膜症

網膜は眼底にある薄い神経の膜で、ものを見るために重要な役割をしています。網膜は眼球を形作っている硝子体の3分の2程度を覆っている約0.2ミリの膜状の組織で、光を感じ取って視覚情報に変換する働きを持っています。目の前面にある水晶体をレンズとするなら、網膜はフィルムに当たります。

網膜には動・静脈血管や光、色を感じる神経細胞が多数存在します。糖尿病網膜症では、血液中のブドウ糖が過剰な状態(=高血糖)が続くことでこの神経細胞が損傷を受け、徐々に血管がつまったり変形したり、出血を起こすようになります。

2.糖尿病網膜症の症状

糖尿病性網膜症の症状をご紹介します。

2-1.無症状

糖尿病発症後、数年から10年くらいで糖尿病網膜症を発症しますが、初期には症状はあまりありません。自覚症状を感じたときには、網膜症がかなり進行していることがほとんどです。

2-2.飛蚊症

ある程度網膜症が進むと、視野の中に「煙のすす」のようなものや、蚊のような小さな虫が飛んでいるように見える「飛蚊症」が現れます。また、網膜で出血が起こると、視野に黒いカーテンがかかったような感じがします。

2-3.急激な視力障害

網膜の中心にあり、ものを見るのに最も重要な「黄斑」という部分に病変が及ぶと、急激な視力低下をもたらします。また網膜症がすすむと網膜剥離を起こすことがあり、この場合も視力が低下します。

3.糖尿病網膜症の進行度

糖尿病網膜症は、進行の程度により以下の3段階に分かれます。

3-1.単純網膜症

初期の糖尿病網膜症です。最初に出現する異常は、細い血管の壁が盛り上がってできる血管の瘤や、小さな出血です。蛋白質や脂肪が血管から漏れ出て網膜にシミを形成することもあります。これらは血糖値のコントロールが良くなれば改善することもあります。この時期には自覚症状はほとんどありません。詳しい網膜の状態を調べるため眼底の血管造影(=蛍光眼底造影検査)を行うこともあります。

*蛍光眼底造影検査:腕の静脈に造影剤を注射すると心臓を経由して眼底の血管に流れていきます。その様子を眼底カメラで連続して撮影する検査です。

Retina of diabetic - diabetic retinophaty
網膜にできたシミ

3-2.増殖前網膜症

単純網膜症より、一歩進行した状態です。細い網膜血管が広い範囲で閉塞すると、網膜に十分な酸素が行き渡らなくなり、足りなくなった酸素を供給するために新しい血管を作り出す準備を始めます。この時期になるとかすみなどの症状を自覚することが多いのですが、全く自覚症状がないこともあります。前増殖糖尿病網膜症では、多くの場合、網膜光凝固術を行う必要があります。

3-3.増殖網膜症

進行した糖尿病網膜症で重症な段階です。新生血管が網膜や硝子体に向かって伸びてきます。新生血管の壁が破れると、硝子体に出血することがあります。硝子体は眼球の中の大部分を占める透明な組織です。ここに出血が起こると、視野に黒い影やゴミの様なものが見える飛蚊症と呼ばれる症状を自覚したり、出血量が多いと急な視力低下を自覚したりします。

また、増殖組織といわれる線維性の膜が出現し、これが網膜を引っ張って網膜剥離を起こすことがあります。この段階の治療には、手術を必要とすることが多くなりますが、手術がうまくいっても日常生活に必要な視力の回復が得られないこともあります。この時期になると血糖の状態にかかわらず、網膜症は進行してゆきます。特に年齢が若いほど進行は早く、注意が必要です。

4. 糖尿病網膜症と血糖コントロール

糖尿病性の網膜症にならない、進行させないためには内科的な糖尿病のコントロールが重要です。

4-1.厳格な血糖コントロール

近年、海外や国内で行われたいくつかの大規模臨床試験の結果から、厳格な血糖コントロール(具体的には、HbA1c 7.0%未満が目標)が糖尿病網膜症の発症を予防することが明らかになっています。


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ただし、HbA1c値にかかわらず、糖尿病罹病期間が5~10年の患者さんで急激に網膜症発症のリスクが高まることが報告されています。自覚症状がなくても糖尿病と診断された場合は定期的に眼科を受診しましょう。

*HbA1c:過去1~2ヶ月前の血糖値を反映します。当日の食事や運動など短期間の血糖値の影響を受けません。

4-2.急激なコントロールはかえって悪化させる

血糖のコントロールが重要ですが、急激なコントロールは避ける必要があります。実は、急激な血糖コントロールは糖尿病網膜症を悪化させることが報告されています。このメカニズムには不明な点が多いのですが、一般的に、HbA1cの改善度は1ヵ月に0.5~1%を超えないようにすることが推奨されています。

糖尿病のコントロールが悪い患者さんがいると、内科医としては少しでも早く改善したくなるのですが、糖尿病網膜症に配慮して緩やかに改善させるようにしています。

Insulin syringes on multicolored background out of focus
インスリンの量にはさらに慎重さが求められます

4-3.運動療法も進行によって注意が必要

通常は、糖尿病の患者さんには、運動を積極的に行ってもらいます。しかし、糖尿病網膜症を合併している患者さんでは、運動による血圧変動が網膜の血管に作用し、出血を引き起こす場合があります。具体的には、網膜症の進行により以下のように対応します。

  • 単純網膜症:強度の運動処方は行わない。
  • 増殖前網膜症:眼科的治療を受け、安定した状態でのみ歩行程度の運動可。
  • 増殖網膜症:運動処方は行わない。

 5.糖尿病網膜症の重症化予防

血糖のコントロール以外にも以下のコントロールすることで、糖尿病の重症化を予防します。

5-1.血圧のコントロール

高血圧はそれ単独でも網膜に病変を起こします(高血圧性網膜症)。その上、高血圧は糖尿病網膜症を悪化させるとも言われており、適切な降圧は網膜症の新しい発症と重症化を予防します。特に、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)とアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)と呼ばれる降圧薬は、網膜症の発症を抑える効果が高いと言われています。

5-2.尿中微量アルブミンのコントロール

糖尿病腎症で起こる微量アルブミン尿も網膜症を進行させる因子と考えられています。微量アルブミン尿も血糖・血圧コントロール(特にACE阻害薬またはARBの使用)などで予防・改善することが可能です。詳しくは以下の記事も参考になさってください。

5-3.脂質代謝異常のコントロール

糖尿病の場合、中性脂肪の高値を合併していることも多いものです。この場合、複数の臨床試験において、フィブラート系と呼ばれる中性脂肪を下げる薬に網膜症の重症化を抑える効果があると言われています。

6.眼科的治療

内科的治療を行っても、網膜症が進行する場合は以下のような眼科的治療を行います。

6-1.網膜光凝固術

単純糖尿病網膜症よりも病状が進んでいたら、新生血管を減らし、新たな新生血管の発生を抑えるために、レーザーを照射する網膜光凝固術を行います。通常、1回の照射時間は約15で、凝固できるのは数百か所。外来で3~4回に分けて行います。

網膜光凝固術は網膜症の進行を抑え、失明を防ぐためには必要な治療です。早期であれば約80%に効果が見られます。ただし、病気になる前の網膜の状態や視力に戻るわけではありません。術後に視力が低下したり、視野が狭くなったりする可能性もあります。

6-2.硝子体手術

網膜症が進行していたり、光凝固術で効果が上がらなかった場合や、急激に視力が低下した場合は、硝子体手術が行われます。

手術は通常、眼球に小さな孔を三つ開けて、眼球内を照らすライト、手術器具、眼球の圧力を保つための潅流液や空気を注入する器具を入れます。出血によって濁ってしまった硝子体や、出血や牽引性網膜剥離を起こしている増殖膜を丁寧に除去します。網膜剥離が起こっている場合は、眼内に空気を入れて、網膜を元の場所に戻します。しかし、この治療も視力を回復させたり、網膜を健康な状態に戻すことはできません。手術は通常、局所麻酔で行います。

6-3.抗VEGF薬治療

糖尿病性網膜症の視力低下は、網膜下におこる新生血管の増殖・成長や、網膜内の毛細血管から漏れ出す血液成分によって引き起こされます。その原因となる物質がVEGF(血管内皮増殖因子)と言われています。

抗VEGF薬治療は、このVEGFの働きを抑える薬剤を眼内に注射することで、新生血管や血管成分の漏れを抑制する新しい治療法です。効果は一時的であるため、定期的に繰り返す必要があります。

7.異常がなくても年に1度は眼科を受診

糖尿病網膜症による視力障害や失明の最大の原因は、検査を受けないことです。糖尿病網膜症は、初期の段階では自覚症状が何もありません。残念なことに、そのことが治療の開始を遅らせる原因になっています。糖尿病と診断された人々は、少なくとも1年に1回は目の検診を受けるべきです。そして、異常がみつかったら、すぐに眼科医による治療を受けるべきなのです。

8.まとめ

  • 糖尿病の合併症の一つ糖尿病網膜症は緑内障とともに成人してからの失明の大きな原因疾患となっています。
  • 糖尿病性網膜症の予防には、血糖のコントロールだけでなく血圧、糖尿病性腎症、高脂血症のコントロールも重要です。
  • とにかく糖尿病と診断されたら、症状の有無にかかわらず、1年に1回の眼科受診は必須です。
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