映画『わが母の記』 をみて、現実の認知症介護考える。

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先日、映画わが母の記』を見てきました。

この映画の原作は、昭和の文豪である井上靖が68歳の時に出版した自伝的小説です。

舞台は、1959年(昭和34年)頃で、老いた母の80歳から亡くなる89歳について書かれています。

専門医として、やはり認知症関連の話題作には目を通しています。

作家である主人公に同じ話を何度もしてしまう母親の姿をみて、この段階ならMMSE20点前後?

運動機能は維持されているから、アルツハイマー型認知症の中等度と診断をしていました。

現在なら、この段階で治療をするべきとも考えていました。

その後は、周辺症状として、幻覚・妄想・徘徊が出現しており、MMSEは15点以下で、介護力が乏しければ在宅介護は困難なレベルにまで進行していました。

映画の設定における介護力は少し複雑でした。

主たる介護者は、長女夫婦です。

時々、主人公である作家が、東京に呼び寄せたり、軽井沢の別荘に呼び寄せているのです。

ここで軽井沢の別荘?という点に少し、違和感が生じます。

旅行も川奈の高級ホテルに認知症の母親を連れていく点も少し現実離れしていました。

さらに、東京の主人公の作家の家には、嫁、孫、お手伝いさん、書生など考えられないほど豊富な介護力が

あるのです。

時々、ショートステイ程度で介護している主人公の視点が映画の中心となり、主たる介護者である長女夫婦には殆どスポットは当たっていません。

認知症の母親が亡くなった時に、電話で主人公が長女にお礼の言葉を言うところなど、個人的には???でした。

本当に、大変なところには、何も参加してないわけですから。

在宅の現場に時々現れては現場を荒らす、いわゆる“ぽっと出症候群”です。

本当に介護をしたことがある方が観れば、かなり違和感を持ったのではないでしょうか?

主人公の母親は、最終的には“アルツハイマー型認知症の重度”にまで進行していますので、在宅介護はお勧めではありません。

配偶者等の介護力が豊富であれば可能ですが、映画では配偶者は死んでいます。

つまり、実際には介護は、長女夫婦に依存しています。

私が主治医なら、施設の入所も薦めます。

なぜなら、家族は、“施設に預ける事は自分達の怠慢”と考えるからです。

しかし、認知症の症状から考えると、決して“介護者の怠慢”のレベルではありません。

場合によっては、介護者自身の健康まで損なってしまう危険性すらあるのです。

単純に映画として楽しめばよいのかもしれませんが、少し現実とは違っていたので思わず語ってしまいました。

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